自分がもし死んで葬儀の場面を想定して書いてみた。供養してくれる人がくれるように努力しなくちゃと思った。

自分の葬儀の瞬間をイメージしてみた。供養されるのかな

人は遅かれ早かれ必ず死んでいきます。これはどんなに偉大な人間でも凶悪な犯罪者でも絶対に逃れることが出来ない摂理です。死を迎えた後に行われるのは葬儀です。もちろん自分自身は肉体として死んでいるわけですから、葬儀がどのようなものかは実感できないと思います。もし霊体というものが存在して、死後も現世を認識することが出来るのならばしてみたい気もしますが。

ここで私が死んだ場合を想定してみました。私はもうすぐ30歳になる男です。友達は多くいません。結婚はしていません。それどころか彼女さえいません。現代社会に溢れている無縁社会の典型的なタイプの人間だと言えるでしょう。仮に私が不治の病にかかってしまい、死んでしまったとしましょう。幸い家族は元気な人たちが多いので家族の人たちが中心となり葬儀を開いてくれることになるでしょう。肝心の葬儀が始まったときに出席してくれる人は家族以外は少なさそうです。一応、会社には所属していますがほとんど邪魔もの扱いの社内ニートみたいな存在なので会社の方が私の葬儀に出席してくれる可能性は少なさそうです。そして、学生時代の友達も全くいないので友好関係での出席者も極めて少なさそうです。私が仮に死んだとしても、ほとんど影響はなさそうです。供養されることも少なさそうです。しかし、こんな私ですが恨みごと一つも残さずに死んでいきたいと思っています。これが私のポリシーです。そして、生きている間は少しでもよりよく供養されるように人に好かれる努力しようと思っています。

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